会津探訪

キリシタン塚 キリシタン塚 キリシタン塚 周辺の風景 キリシタン塚 周辺の風景

キリシタン塚(会津若松市)

会津若松は、キリシタン大名・蒲生氏郷が領主になっていたこともあり、キリスト教が少しずつ根付いた地域でした。しかし、江戸藩政時代になると、幕府の反キリスト教政策にともないキリスト教徒の弾圧が頻繁に行われるようになっていきました。

1653年(寛永12年)、幕府のキリスト教の厳禁令が強化され、これにしたがい会津では加藤明成が藩主の時に、キリスト教徒の長の横沢丹波(よこざわたんば)とその一族、横沢邸に潜んでいた外国人教徒等、約60余名が捕らえられ、この薬師川原の刑場で処刑されたと伝えられてきました。

後年この地から犠牲者の埋骨と思われる人骨が見つかったため、昭和37年にそれらを供養するため、キリシタン塚が建てられました。
■会津若松駅からバスで15分

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