会津探訪

若松城(鶴ヶ城) 若松城(鶴ヶ城)

若松城(鶴ヶ城)(会津若松市)

秀吉の命により、120万石を与えられ会津に移った上杉景勝の頃は、黒川城と呼び黒壁の城だった。城内には、上杉謙信の遺体を移住に伴い設置したと言われる仮廟所跡がある。

上杉家が国替えとなり、景勝が会津入りしたのは、1598(慶長3)年3月のこと。国替えの命を受けたのは1月10日、秀吉の死の約7ヶ月前。まさに真冬、当時秀吉の信頼も厚かった蒲生氏郷が40歳で急死。代替わりした当主が若く蒲生家が内紛状態となったため、奥州の要が不安定になることを恐れ秀吉は、徳川家康や伊達政宗の抑えとして、上杉に会津を託したと言われています。この国替えの指揮をとったのは、家老・直江兼続で、秀吉のもとから派遣された石田三成とともに、越後から会津への厳しい冬の移動を行なったと言われています。
●『「天地人」会津の上杉景勝と関ヶ原の戦い』
2009年9月〜11月には、『「天地人」会津の上杉景勝と関ヶ原の戦い』を開催。関ヶ原のきっかけともいわれる「直江状」の写しなどを展示する予定。
■まちなか周遊バス・ハイカラさん「鶴ヶ城北口」下車

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