会津探訪

白虎隊自刃者19士の墓 白虎隊自刃者19士の墓 (飯盛山) 戸ノ口原洞穴門 白虎隊が逃れてきた戸ノ口原洞穴門

飯盛山(会津若松市)

白虎隊ゆかりの地飯盛山は、会津若松市街の東にある小高い山です。正面の参道から登ると、183段の石段が続いており、登り着いた広場の左手には、戊辰戦争で自刃して果てた白虎隊士十九士の墓と、右手には大野ケ原で戦死した隊士の墓があります。広場の右手を抜けると自刃した場所に出ますが、途中に20人の中でただひとり助かった飯沼貞吉の墓があります。その彼の証言で白虎隊の悲劇が世に知られるようになりました。

飯盛山は、別の名を弁天山と呼ばれ、会津の歴代藩主の崇敬を受けて神社や仏閣が散在し、春は桜、秋は紅葉と、城下の人々の参詣遊山の地でした。飯盛山の中腹にある円通三匝堂(さざえ堂)から少し下がったところに、洞門があります。350年前に会津盆地のかんがい用水や鶴ヶ城の堀に利用する水を猪苗代湖から引いた戸ノ口原の洞門です。戊辰戦争の戦下、戸ノ口原の戦いで西軍になす術もなく敗れた白虎隊が、その攻撃を避けるために長さ230メートルもある洞門をくぐったと伝えられています。少年たちはどんな思いで洞門をくぐったのでしょうか。

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