会津探訪

戊辰戦争後の鶴ヶ城 天守閣 戊辰戦争後の天守閣 工事中の鶴ヶ城 天守閣 工事中の天守閣 現在の鶴ヶ城 天守閣 赤瓦復元 (平成23年 3月)

鶴ヶ城 天守閣

松平家から寄付を受けた若松市民は、城跡を公園として整備し、国の史跡にも指定されましたが天守閣再建として実るのは昭和40年のことです。天守閣の高さは25メートル、石垣が11メートル、地上からの高さは36メートルです。

こうして再建された天守閣は文字どおり会津の象徴としてそびえ、たくさんの観光客を集める会津観光のメッカとなっています。平成4年には、再建以来2000万人を突破する快挙をなしとげました。これは大阪城、名古屋城、二条城、姫路城、熊本城、松本城といった天下の名城に匹敵し、東日本では他に追随を見ない数字として会津若松市民の誇りとなっています。

天守閣は本丸の西側にそびえ、戦争の際は司令塔としての役割をはたしていました。蒲生氏郷が文禄元年(一五九二)に築いたのがはじめで、それまでお城に天守閣はありませんでした。明治7年に取り壊されましたが、昭和40年に復元された五層の天守閣は、白鶴の美しさと称えられ全国有数、東日本随一の勇壮な姿を私たちの前に誇っています。

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