会津探訪

滝沢本陣 会津本陣 白虎隊剣舞

白虎隊と滝沢本陣(会津若松市)

本陣というのは昔、藩主の参勤交代のときや幕府の人などが来た場合、休息したり、泊まってしたところを普通の宿屋と区別してそう言っていました。滝沢村(会津若松市一箕町)にはそういう本陣があったのです。

戊辰戦争、滝沢村は戸ノ口方面から若松城下にはいる街道の地点であるため、ここにある本陣に一時本営をおくことになりました。これと前後して、本営の前を戸ノ口にかけつける兵がつぎつぎと通っていったといいます。また、藩主容保はここ本陣で白虎隊士に戸ノ口原へ出陣を命じました。こうして、いよいよ少年たちは戦場に出発することになりました。少年たちは、感激に頬をそめ、澄みきった瞳を輝かせながら、喜び勇んで滝沢峠を登って行きました。しかし、戦場での奮闘むなしくしだいにせまりくる危機を救うため、戦場から引きあげてきました。やっとの思いでたどりついた南に鶴ヶ城をのぞむ飯盛山の中腹で自刃して果てたのです。藩主容保はのちに「幾人の涙は石にそそぐとも その名は世に朽ちじとぞ思ふ」の和歌を贈り、その霊をなぐさめたといいます。

白虎隊士の霊をなぐさめるため、佐原盛純の漢詩に振りをつけて剣舞になりました。飯飯山で毎年白虎隊墓前祭に会津高等学校の生徒によって奉納されています。

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