会津探訪

山川大蔵 山川 大蔵 山川大蔵の墓 山川 大蔵の墓 会津彼岸獅子 会津彼岸獅子

山川 大蔵

山川大蔵は弘化2年(1845)会津藩家老の山川家の長男として生まれる。

新政府軍により鶴ヶ城が包囲される中を、地元に伝わる彼岸獅子の姿で堂々と入城するというできごとがありました。これを指揮したのは山川大蔵、白虎隊士で東京帝国大学総長になった山川健次郎の兄です。

山川大蔵は朱雀隊などを指揮し、日光口の五十里に宿陣していたが、他の国境が破られ、鶴ヶ城での籠城戦が決定されると、帰城の命令を受け会津城下に駆け戻り、飯寺まで来ると鶴ヶ城がすでに新政府軍の包囲網の中にあることを知りました。

ここで大蔵は一計を案じ、会津伝統の彼岸獅子の姿で入城することを思いきました。笛と太鼓を先頭に堂々と敵陣を進む。鶴ヶ城の城兵は味方と気づき砲撃を止め、敵はあっけに取られただ見送るだけでありました。大蔵の一団は味方が開いた西追手門を通り抜け城内に消えたという、これは有名な話です。

墓は青山霊園にあります。

copyright © AD BRAIN All Rights Reserved.