会津探訪

遠藤敬止 遠藤 敬止 遠藤敬止の墓 遠藤 敬止の墓 遠藤敬止翁頌徳碑 遠藤 敬止翁頌徳碑

遠藤 敬止

会津藩士、実業家。鳥羽伏見の戦いの際、会津軍に入り籠城戦にも参加。敗戦後の幽囚生活の後、慶応義塾で経済学を学ぶ。実業界に身を投じ仙台の七十七銀行頭取、仙台商工会議所初代会頭となる。

明治元年(1868)9月、名城鶴ヶ城は1ヶ月の籠城戦を戦い抜き、開城しました。明治7年、城内で20日間の博覧会が開かれ、市民に公開後すべての建物が取り壊されました。「荒城の月」に歌われる廃城となった城跡も明治23年新政府によって競売に付された時、旧会津藩士遠藤敬止は、城跡を一括して保存するため、私財をなげうって落札、松平家へと献上しました。

昭和2年(1927)に松平家から若松市へ譲り渡された鶴ヶ城は、城下町会津若松市のシンボルとして、市民を初め会津の人々の誇りとなっています。

昭和9年には、国からの史跡の指定を受け現在の天守閣は、昭和40年に、昔の姿をそのままに復元されたものです。

昭和46年敬止の徳をたたえ鶴ヶ城北出丸に顕彰碑が建立されました。鶴ヶ城跡が現在の形を留めているのは彼の功績によるものです。

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