会津探訪

松平容保 松平容保

松平容保

会津松平家第九代藩主。文久二年(1862)秋、徳川幕府の瓦解を五年後に控えた混迷の京都の地で容保は、拝辞し続けた京都守護職の大任に就きました。拝命するにあたり藩祖保科正之公の家訓「大君の義、一心大切に、忠勤を存すべく、列国の例をもって自ら処るべからず。もし二心を懐かば、即ちわが子孫にあらず。面々決して従うべからず。」は、徳川家へ「忠義」を尽くす会津藩の根源でした。

戊辰戦争において容保はその教えに従い、最後まで日本武士道を貫きました。王城の護衛者として身を粉にして働いた会津藩が朝敵と呼ばれる道理はなかったのです。京都守護職を引き受けた容保は時の孝明天皇の厚い信頼を得て、これが生涯の支えとなりました。

copyright © AD BRAIN All Rights Reserved.