会津探訪

蒲生氏郷 蒲生氏郷

蒲生氏郷

蒲生氏郷はキリシタン大名で、利休七哲のひとりに数えられたエリートです。秀吉の奥州仕置きの後、会津を任せられました。氏郷は七層の天守閣(現在は五層に再建)を築くとともに、理想的な自由経済都市建設という夢を実現しようとまちづくりに着手しました。それまでの黒川という地名を生まれ故郷にちなんで若松と改め、鶴ヶ城を中心とした町割りを実施しました。

また、氏郷は産業振興にも力を入れ、会津の伝統産業である酒や漆器の基礎を築きました。さらに、商人が税を取られず自由に商売ができる、信長の経済政策「楽市楽座」を更に発展させて「十楽」という制度を城下に敷きました。

氏郷は若い頃信長に非凡さを認められ、将来は信長の後継者とさえ目された名将でした。氏郷はその力量で、信長によって移封された会津において産業と文化を合わせ持つ理想のまちづくりを実現させたのです。

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