会津探訪

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会津木綿

寛永四年(1627)会津藩主・加藤嘉明が会津に入城する際、前領地の伊予松山(愛媛県)から織師を招いて会津に伝習したのが会津木綿の起こりといわれています。その後寛永二十年、会津藩主になった保科正之が綿花の栽培を奨励し定着させました。そもそも会津は綿の北限地といわれ、会津以北での栽培は不可能だったようです。会津盆地の内陸気候の夏の高温が綿栽培に適したことも発達の一因と考えられます。生産が増したのは綿糸紡績業が発達し、さらに力織機(りきしょっき)が普及した明治三十三年以降で、大正末期の最盛期には三十数社の機業場がありましたが、現在は二社を数えるのみです。

会津木綿の特徴は縞模様にあります。会津地方の中でも地域によって縞模様が違っていました。それぞれの縞は、それぞれの土地の誇りでもあったわけです。

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