会津探訪

会津慶山焼 会津慶山焼

会津慶山焼

会津慶山焼は、文久年間(一八六一〜四)より渡部久吉が、会津軽井沢にある銀山(現在の柳津町)のルツボを作り、後に久吉の住居を中心に東側を上水に、西側を下水に区分けしました。

中心の久吉は擂鉢、丼鉢、植木鉢などを作り、さらに茶道の隆盛にともなって茶器を生むなど、以後日常用品の製作へと発展していきました。

現在、会津慶山焼は窯元「香山」ただ一軒のみで、昔ながらのロクロ、手びねり、灰釉を用いる伝統をそのまま受け継いでいます。

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